学校からの帰り道。普段の俺は本になど興味はないのに、なんとなく本屋に寄ってみようと思い立った。
自動ドアをくぐってコミックスのコーナーへ直進する。
適当に背表紙を眺めながら歩いていると、斜向かいの棚に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
同じクラスの佐々木さん、美人で勉強もスポーツもできるという万能人間だ。
俺はさりげなく近づいて、彼女が手に取っている本をちらりと盗み見る。
「えっ、佐々木さん、『悪魔人間トマウス』好きなの!?」
本のタイトルを見た瞬間、思わず話しかけていた。『悪魔人間トマウス』は知る人ぞ知る系の少年漫画だ。
「あら、高井くん。私、これ全巻集めてるのよ」
なんという偶然。ここぞとばかりに俺は『悪魔人間トマウス』の話題を振る。
やがて意気投合した俺たちは、一緒に帰ることになった。
ふとした思い付きからこんなラッキーな状況になるなんて、まさに棚からぼたもち。きっとこのときの俺の鼻の下はのびのびだっただろう。
しかし幸せなときはすぐに過ぎるものだ。交差点に差し掛かったところで、
「じゃあ、私はここで曲がるから」
俺は聞き分けよく別れの挨拶をした。
幸福感と、若干の喪失感に浸りながら、俺も帰路を急いだ。もう夕飯の時間だ。あちこちの家から美味しそうな匂いが漂ってくる。
二つ目の交差点を曲がったところで、ひときわ美味しそうなカレーの匂いを俺の鼻がとらえた。その瞬間から俺の頭の中はカレーでいっぱいになった。
カレーが食べたい。どうしても。
すぐそこにあるコンビニで、買い食いをするという手を、もちろん思いつかなかったわけじゃない。俺の中の理性が必死に止めたのだ。こんな時間に買い食いをするなと。
コンビニを足早に通り過ぎる。コンビニを過ぎればもう俺の家はすぐそこだ。
「ただいま、腹減ったー」
俺は駆け足で玄関に飛び込んだ。そして俺はふと気づいた。この匂いは……。
「おかえり、遅かったわね。カレーできてるわよ」
こんな日もあるんだな。